『人は簡単には騙されない -噓と信用の認知科学-』を読んで

読者にはぜひ本書に提起されている議論の主旨を受け入れてほしいと、私は願っている。だがその言葉を頭から信じないでほしい
『人は簡単には騙されない』「はじめに」より引用

『人は簡単には騙されない』(ヒューゴ・メルシエ著、高橋洋訳、青土社)

本書はフランスの認知科学者である著者が初めて記した著作で、日本語版も今年の2月に刊行された新しいものだ。そのため本書にちりばめられている「人は簡単に騙されないことの例」も2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU離脱を決めた国民投票の話など比較的新しいものも記されている。

本書を手にした理由は、これまでご紹介してきたいわゆるビジネス書と少し毛色の違う本も紹介してみたかったことと、情報が氾濫しているこの世界における噂(あるいはデマ)の流布について、学者の視点ではどう捉えられているのかに興味を持ったからだ。

冒頭で引用した一文は本編が始まる前のはじめ書きで著者が記しているものだが、文字通り本書は禅問答的というか哲学的というか非常に難解な(一度読んだだけではすっと入ってこないところが多い)内容ではあった。ただ、「流布されている噂の内容そのもの」よりも「発信している人の意図や社会的な背景に視点を向けること」で起きている現象の本質に踏み込んでいけるという示唆は私にとっては新しい気づきだった(要は、内容の正誤の前になぜこの人はこういう発言をしているかに着目してみると新しい発見があると)。

著者の提唱する「開かれた警戒メカニズム(open vigilance mechanism)」によると「人は(自分にとって)非常に有益なメッセージは進んで受け入れ(開放性)、きわめて有害なメッセージは捨てる(警戒)というメカニズムを(無意識下であっても)備えている」。そのメカニズムと照らし合わせて過去のさまざまな(騙されたといわれている)例を見てみると「多くの人が騙された(扇動され行動を変容した)」という事実はないと論じる。

その正誤はともかくとしても、認知科学の観点から「人はどのように情報を取捨選択しているのか」、「取捨選択に影響を与える要因はどういうものがあるのか」、また「その選択した情報を外部に発信する理由はなぜか」といった点は非常に興味深い。

そういう意味でも本書は、原題(Not Born Yesterday)の副題として書かれている「The Science of Who We Trust and What We Believe」の通り、「人は本当に騙されにくいのかどうか?」という視点で読むよりも「(人は)誰を信頼して何を信じるのかを、(直感的にではなく)科学的に解説してくれる」本として読み進めた方がしっくりくると思われる。

万人におススメする本ではないが、昨今メディアや SNS 上で目にする「噂レベルの情報の流布」現象の理由の一端を新しい視点でひも解いてみたいと思う方にとっては一読の価値がある一冊だ。

(文:金尾卓文)

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