芳和がメーカーになるまで

この記事は「Houwa System Design Advent Calendar 2018」の13日目の記事です。
こんにちは、総務部の工藤です。
今年の9月6日で創立から15年目を迎えた当社。

そこで今回はちょっと真面目に「芳和がメーカーになるまで」のエピソードをお伝えします。
なぜ当社はメーカーを目指したのか、そしてどういう経緯でメーカーになるに至ったのか、今後はどういうメーカーを目指しているのか。

代表の大崎から当時のエピソードを伺いました。

システム開発の会社からメーカーへ

2002年9月、SEをしていた大崎(現 代表取締役)は「人々が安心して使用できるセキュアなサービスを提供する」ことを目標にして「芳和情報サービス」を設立しました。
当時の事業内容はシステム開発がメインで、パソコンの性能が飛躍的に向上したことにより、短い期間でのサービス提供が可能となった時代。

そんな時に、海外で安い人件費で開発をするオフショアが次第に増えていきました。
その流れからシステム開発も価格競争に追い込まれ、クライアントから無理な値段交渉をされることがたくさんありました。
「この費用では開発できないです」そう断ることも多かったと大崎は言う。

このまま海外と同じ土俵で戦っていたら身を滅ぼすことになる、大崎は危機感を募らせていった。
そして2011年に決意をした、「ハードウェアを作ろう。メーカーとしてこちらが値段を決める側になる!」

そう宣言し、翌年には携帯電話やカメラを設計した鈴木を雇った。
そして着手したのが受付システム「INDIGO」
これは来客した人がiPad上のボタン操作で、担当者を内線で呼び出せる受付システム。
このサービスをリリースしてまもなく、設置コストと利益が噛み合わなくなり暗礁に乗り上げた。

そんな時、取引先から「店舗に来店した方に携帯アプリでクーポンを配信するはずが、Beaconで思ったようにできない」という声を聞いた。
IoTの流行とともにBeaconは瞬く間に市場に広がったが、どうもBLE信号が弱いものが出回っていたらしい。

これはチャンスだと大崎は思った。

ちなみにBeaconは、携帯のBluetooth機能を利用してBeaconの電波圏内に入った携帯に対してプッシュ通知したり位置情報が取れるなど屋内でのサービス誘致に利用できるというものだ。

早速、社内でBeaconの開発を始めた。
調査すると電波を飛ばす部品である「チップアンテナ」が遠くに電波を飛ばすのには向かないことがわかり、他社が製造していた「パターンアンテナ」に組み替えて、基盤とケースも製造。
さらに通信技術の特性上、電波を取得したり同じ電波を吹くことが可能であるため、電波を解読できないようセキュリティを担保したセキュリティビーコンのシステムも同時に開発した。

Beaconの開発にあたって

「世の中にないものを作っている」と当時の技術者は語る。
壁にぶち当たるたびにどの部分に問題があるのか、ハードウェアかソフトウェアか、または携帯アプリなのか…。
問題を切り分けて、それぞれの担当者に解決してもらわないと先に進めない。
開発に携わる技術者4名で課題解決に取り組む毎日。

そんな開発を3ヶ月続け、ついにBLE信号の到達距離が最大100mにのぼるBeacon「BLEAD※(ブリード)」が完成した。
(※BLEADの意味はBluetooth Low Energyに、「先進的な」電波の指向性という意味でAdvancedをつけたことに由来する)

そして狙いは当たり、2014年の発売以降、販売台数は増えて今年は5万個の販売になった。
いまや全国の様々な会社、施設で採用され「人々が安心して使用できるセキュアなサービスを提供」することができた。

来年の春からはBLEAD-TAGという完全防水性のBeaconを発売する。

「人々が安心して使用できるセキュアなサービスを作りたい」その実現に向けて芳和システムデザインは歩んでいく。

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